アメリカ大陸横断南ルートTRANSCONTINENTAL SOUTH ROUTE
ロス~ニューヨーク~ワシントン~マイアミを経て
キーウェストからレンタカーに乗りロスまで
総走行距離4900Kmを制覇しました!
ありがとうございました!
2012年4月3日
最終章
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oguriee より
本当に、筆舌に尽くしがたい貴重な体験をさせていただきました。
今回、アメリカ横断という、私にとっては偉業!といわざるを得ない旅のお共を
させて頂くこととなりまして、分不相応ながらですが少し感じたことを
ご報告いたします。
まずは、何よりも天気に恵まれたとことです。
私は3月16日にロスに到着し会長ご夫婦と合流しました。
次の日は、朝から大雨でしたが、これがラッキーでした。
1年間に数日しか降らない雨に出会えました!
空気も綺麗になり等、ラッキーでした!
午後からは日差しも入り、ついには快晴になりました(^^)
次のニューヨークでも久しぶりでよい天気らしく、しかも暖かく
、防寒着が要りませんでした。
そして印象的だったのはマンハッタンの朝の光景でした。
早朝の爽やかな風の吹き抜ける、ビルの谷間をリュックを背負いスニーカーに
スーツ姿の若者の男女が、それぞれのオフィスに向かって
早足で通り過ぎ去ります。
それを見ていますと、何か「スマート」「毅然」という言葉が連想され、
じつに爽やかな、また立派な印象を受けました。
ワシントンでは、本来の桜祭りよりも2週間早い、早咲きに出会うことが出来、
まず日本では見られない、遥か彼方までの桜の木に呆然としてしまったのは、
私だけでしょうか?
キーウェストやマイアミでも最高の天気に恵まれました。
セブンマイルブリッジ、マイアミの海岸にも、強烈な南国の印象を持ちました。
ニューオリンズは到着の2日前までは大雨だったそうです!
商業の港の歓楽街にふさわしく、面白可笑しくあらゆる娯楽があり、
地場の魚介を使った、ワニ、ザリガニ、ナマズ等の大胆な料理も美味しく、
興味深かったです。
(当時のたたずまいを、そのまま保存してあるフレンチクォーター~
バーボンストリートの夜を 歩いてますと、まるでタイムスリップしたようで、
プリザベーションホールでこれからサッチモが
始まるよといわれても、おかしくないような不思議な感覚になりました)
テキサスでも快晴!夢のあるヒューストン宇宙センター体験後は
Tボーンステーキでしたが、動画を見ていただいたとおりです!旨かったです!
まわりのお客さんを見渡してみますと、食後の会話を楽しんでおられる
ご家族が沢山おられ、自分も見習わなければ、、と、
遠く自分の家族を思い出したりもするのでした。
その後、ロサンゼルスに近づくにつれ、日本食に近い食事をいただくことが出来、
ほっとしたのも、事実です。
この旅を振り返ってみまして、思いましたことは。
いろいろと、思いますに本当に限りなく、想いは湧き上がり渦を巻くのですが、
自分にとって、大事ものは本当に何なのか。
また、自分という存在がいかにちっぽけなものか。
この二つです。
改めて再出発をしたいと思います。
最後に、このブログを応援していただき、本当にありがとうございました。
2012年4月2日
oguriee
皆様へ
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ボブパパさんより
自分自身の永遠の夢であった、アメリカ横断旅行にチャレンジできたことは、
ひとえに、私のまわりの全てのみなさまの、おかげだと感謝しております。
今回の旅行で、自分の一番好きな国、アメリカの人々と数多く接して、
多くの場所に足を運び、肌で感じ空気に触れ新たな知識を得、
自分の中の点と点がつながり、アメリカの偉大さ素晴らしさ、
また影の部分を知ることができました。
まず最初に訪れたオーランド、ディズニーワールドでは、
入場料が100ドルもしました。(VIPカードは420ドルでした)
夢と引き換えの代金にしては、かなり高額なショービジネスの実態を
目の当たりにしました。顧客のうち100人中99人が肥満体の方であり、
ここは本当に贅沢富裕層の集まりでした。
ラスベガスでは、アメリカの不景気はどこにあるのかというくらいの
華やかさに驚き、改めて、シルクドソレイユのオーのショーにまさる、
エンターテイメントはないと再認識しました。
世界経済の中心、あこがれのニューヨークは多国籍民族のるつぼで、
活気がありましたが、信号無視は日常茶飯事、
マナーの悪さに目を見張るものがありました。
一転して首都ワシントンにおいては、世界の政治の中心地であり、
道行く人々すべてが、昔からの伝統と誇りに溢れているように見受けました。
美談として、日露戦争で日本がアメリカから、その戦争資金を借りた
(一国の国が戦争をするのに、アメリカ政府と民間の会社リーマンブラザーズ
から、お金を借りたこと自体が、信じられませんが)
そのお礼に 6000本の桜の苗木を ニューヨークとワシントンに
3000本づつ寄贈したそうです。第二次世界大戦の折に、
その桜をなぎ倒そうとしたアメリカの若者たちに対して、
自身の体を桜の木に体をしばり、この桜の苗木を送ってくれたのは日本ですが、
育てたのは私たちですと抗議し、桜の木を守った婦人たちは、
太平洋戦争で戦っていた米兵のご婦人方でした。
同じ都市でもニューヨークの桜はほとんど消滅し、
ワシントンでは桜の並木が存在すること自体、
おなじアメリカの都市でありながら、認識の違いに驚きました。
マイアミにおきましては、ラテン系の開放感から人々が開放的になり、
アフガンやイラクで戦争をしている若者が居る反面、
このような朝まで快楽に酔い、酒を飲みまわり、
騒いでいる若者たちがいることにギャップを感じました。
ニューオリンズはフランスの植民地であったという歴史の中、
フレンチクォーターという異文化の町があり、朝方までにぎわう反面、
住民の70%が黒人であり、就職難のなか貧しい生活を送っているのも事実でした。
オークアレイプランテーションでは、奴隷の人身売買の歴史を目の当たりにして、
アメリカ人の冷酷さの原点(アフガンやイラクの無差別攻撃)
があるのだと背筋が凍る思いがしました。
テキサスは油田の産出州であり
全米の中でもトップクラスの経済力を誇る州でありながら
カーボーイハットや、ウェスタンブーツという
良き伝統を継承するおだやかな町でした。
エルパソでは、ごみが沢山放置され、ちらかり、
町が汚れ道行くメキシコ人たちも活気がなく、異文化を感じました
一転してフェニックスは、西海岸ロサンゼルスに近く、
食べるものすべてが豊富で日本食、寿司、造り、中華などもあり、
気候も穏やかで住民も良心的な方が多くみえました。
パームスプリング、ゴルフ場では敷地内に住宅街が隣接し、
まるでゴルフ場が自分の庭のようで生活されている中を、
プレイ出来、楽しい時間ををすることが出来ました。
最終ロサンゼルス、サンタモニカでは、
永遠と続くこの海岸から西へ向かうと日本がある。
そう思うと本当に安堵感を覚えました
大都会ニューヨークとは違い、気候も温暖で、明るい人の多い大都会です。
このサンタモニカでイラク、アフガン戦争で傷ついた
職業軍人の抗議運動の写真展が有りました
この広いアメリカを横断して体験したことは、
貧富の差が歴然としているということです。
訪れた町のいたるところで、胸にプラカードを持って就職を求め、
助けを求める姿と、夜な夜な、酒と快楽に溺れる若者が居るというギャップ、
そしてこの国は他国と戦争中で有るということを痛いほど痛感しました。
アイラブ アメリカ 繁栄あれ と切に願います
最後になりましたが、皆様方からご声援、励ましのコメントを頂きましたことに、厚く御礼申し上げます。
2012年4月2日
ボブパパ より
皆様に愛を込めて。
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